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2008年11月26日

ヒゲのウヰスキー誕生す (ODB版)。

余市1988 テイスティングイベントでは、ニッカウヰスキーさんから、
シングルモルト余市 500ml
・ヒゲのウヰスキー誕生す (新潮文庫版)
をお土産に頂戴した。



発売前の貴重な「シングルモルト余市1988」を始め、美味しいウイスキーをご馳走になったうえに、お土産までいただきありがとうございました。

さて、俗にニッカ本(リタ本は除く)といわれるのは、ご存知のとおり次の4冊。
1.ヒゲと勲章~ウイスキー革命は俺がやる (竹鶴政孝著、1966年、ダイヤモンド社)
2.ウイスキーと私 (竹鶴政孝著、1972年、ニッカウヰスキー)
3.ヒゲのウヰスキー誕生す (川又一英著、1982年、新潮社)
4.琥珀色の夢を見る~竹鶴政孝とニッカウヰスキー物語 (松尾秀助著、2004年、PHP研究所)

残念ながら4冊とも絶版で、古書店でも最近は入手が難しくなっている。

「ウイスキーと私」は、竹鶴翁自らが書かれた日本経済新聞「私の履歴書」を本に纏めたもので、竹鶴翁のそのときどきの気持ちなどが克明にわかるという点で大変に興味深く貴重なものだが、日時などに記憶間違いと思われる若干の箇所が見られるのが残念だ。
ちなみに竹鶴翁は「ヒゲと勲章」に、次のようにお書きになっている。

(引用)
私はいまだにノートも鉛筆もペンも持たない。日記もつけない。重要事項は記憶しておくという主義だ。
そして必要のないことはできるだけ忘れてしまうことにしている。これが案外長生きのコツかもしれぬ。
したがって、もう4、50年も前の思い出話となると、日時に関してはいささか狂いがあるかもしれない。


竹鶴翁に先手を打たれてしまったのでは、苦笑いするしかない。
また次のようにも書かれている。

だが、ことウイスキーのこと、酒のこととなると、まるで昨日のことのように思い出されるから不思議である。

さて今回特別にいただいた本は、「ヒゲのウヰスキー誕生す」を文庫化(1985年)したもの。
竹鶴政孝翁が逝去されたのが1979年8月29日なので、「ヒゲのウヰスキー誕生す」は政孝翁の伝記、言い換えると「ニッカウヰスキー社史」として企画された本である。
日時、場所などの事実関係が精査されて、竹鶴政孝本としては決定版(最初に読む1冊!)といえる。

この「ヒゲのウヰスキー誕生す」が、ネットで簡単に購入できることをご存知の方は、案外少ないようだ。
新潮オンデマンドブックス: ヒゲのウヰスキー誕生す



5割ほど割高だが、1冊1冊、注文ごとに印刷、製本するので致し方ないことかな、と思う。  
タグ :ニッカ書籍

Posted by 麦溜 at 15:00Comments(1)TrackBack(0)NIKKA

2008年11月19日

余市1988 テイスティングイベント。

11月26日に発売される「シングルモルト余市1988」(3,500本限定)のテイスティングイベントに参加させていただいた。




シングルモルト余市1984」以降、毎年、本数限定で発売されている生産年号の入った「余市20年ヴィンテージ・ウイスキーシリーズ」。
「20年の年月を振り返りつつ、ゆったりと楽しむウイスキー」がコンセプトだ。
シングルモルト余市1987」が、WWA2008で栄えある「ワールド・ベスト・シングルモルトウイスキー」を受賞して、シングルモルト世界最高峰の栄誉に輝いたことは記憶に新しい。
(「1987」の受賞記念イベントはこちら

このシリーズの源流は、2002年の「成人の日」に発売された「シングルカスク余市20年アニヴァーサリー・セレクション」だそうだ。
ちなみに前年には「シングルカスク余市10年」が、ウイスキーマガジンの「BEST OF THE BEST 2001」で世界最高得点を獲得している。

(アニヴァーサリー・セレクションのニュースリリースから引用)
生産年号の入ったヴィンテージワインは、誕生日や結婚式の贈り物などにつかわれることでよく知られていますが、「シングルカスク余市20年アニヴァーサリー・セレクション」は、貯蔵・熟成に長期間を要するというウイスキーの特徴を生かしたヴィンテージウイスキーで、二十歳を祝うイベントが催されるこの時期に、それぞれの"20年"に特別の思い抱いている方々へお勧めするものです。また、結婚20周年を迎えた夫婦など、年月の重みをこめるのにふさわしい贈り物としてご提案していきたいと考えています。

シングルカスクの「アニヴァーサリー・セレクション」(200本限定)から、シングルモルトの「余市1984」(500本限定)に変更された理由は、
・ブレンダーの本領は「ヴァッティング(ブレンディング)」という矜持と、
・本数の確保のため、だとか。

前置きが長くなったが、今回のイベントは、その「余市20年ヴィンテージ・ウイスキーの1988版」を、ブレンダーの方にお話を伺いながら、発売前に試飲させていただけるという、ウイスキー好きには誠に夢のような話である。

会場は、東京・南青山にあるニッカウヰスキー本社。
二部構成のテイスティングイベントの第一部は、ニッカウヰスキーのチーフブレンダー久光哲司氏によるセミナー。



久光氏が「余市1988」に込めたイメージは、「剛のなかに和」。
新樽(ライトピート)、新樽(ヘビーピート)、シェリー樽、バーボン樽、リフィルド樽といった、ピートの利かせ方と熟成樽が違う5種類の原酒をヴァッティングして、冷却濾過したのちに、瓶詰め。
「シングルモルト余市20年」が貯蔵年数20年以上の原酒を混合するのに対して、「シングルモルト余市1988」は1988年に樽詰めした原酒だけを混合したという。



お待ちかねの試飲。
右が「シングルモルト余市1988」、左は飲み比べの「シングルモルト余市12年」。
「シングルモルト余市1988」のテイスティングノートはこちら




第二部は、ブレンダーズバーに場所を移して、和気藹々とした楽しい懇親会。
ブログでは存じあげているウスケバのカナモリ氏にも、初めてお会いできた。
とてもお綺麗で、ご聡明な方だ。



初めて参加させていただいたが、大変素晴らしいイベントだった。
関係者の皆様、心からありがとうございました。

(テイスティングイベントの公式ブログです。)  

Posted by 麦溜 at 22:00Comments(2)TrackBack(0)NIKKA

2008年11月05日

バルミニックの2本のボトル。




SMWSの48.7(BALMENACH)と、マキロップ・チョイスのバルミニック1985。




バルミニック蒸溜所の所在は、スペイ川の最上流の地。
言い替えると、その昔は最も密造が行いやすかった場所で、密造酒のメッカであった。
Masako Udo 女史の名著「The Scottish Whisky Distilleries」によると、
 1800-01年 蒸溜所建設。
 1801年 蒸溜(密造)開始。
 1823年 (酒税法改正。公認制によるウィスキー製造の合法化)
 1824年 公式(表向き)な蒸溜所の建設年。
 1825年 政府公認。


以下は公式なライセンスを取得したいきさつで、粋な逸話で好きだ。
 ある日、創業者ジェームズ・マクレガーの農場を税吏が訪れた。
 マクレガーは税吏を歓待し、盛大に持て成した。
 気をよくした税吏は、密造に気づいていながらそのことには触れず、
 帰り際に 「もし私があなただったら、ライセンスを取るだろう」
 と、ひと言いって立ち去った。
 マクレガーは忠告に従って密造から足を洗い、翌年にライセンスを取得した。





この2本、まったく同じボトルである。
よく見るとお尻のエクボまでそっくり!
オリジナル・ボトルを作る規模ではないボトラー(小さな蒸溜所なども)は、メーカーから既製品のボトルを買ってきて、自社オリジナル・ラベルを貼って出荷しているのだ。

ところでSMWSがボトル・デザインを、ガラス面に直接ロゴ・マークをシルク印刷した洒落たモダンな流行りのものに変えるという。




いまの無骨な味わい深いボトルも、なかなかいいと思うのだけれど・・・。  

Posted by 麦溜 at 14:00Comments(0)TrackBack(0)Scotch Whisky

2008年11月02日

すしとウィスキーのマリアージュ。

 


SMWSのイベント「すしとウィスキーのマリアージュ」。

ウィスキーは、ソサエティ・ボトルが6本。
 1.1.133(グレンファークラス20y.o.)
 2.4.126(ハイランドパーク9y.o.)
 3.7.42(ロングモーン21y.o.)
 4.26.49(クライヌリッシュ22y.o.)
 5.50.22(ブラッドノック13y.o.)
 6.53.116(カリラ10y.o.)
言うまでもなく、どれも美味い!

私的には、寿司にはファークラスとブラッドノックがよかった。
ガリにはカリラで決まり。




イベントのあと、アップルストア経由・・・



銀座サンボアへ。
いただいたのは、もちろん「氷なしの角のハイボール」。  

Posted by 麦溜 at 20:00Comments(0)TrackBack(0)イベント

2008年11月01日

宇崎竜童ライブ。のち「ブラスダ」。




宇崎竜童の35周年記念ライブ「Take The Blues Train」。
竜童兄、とても渋くてカッコいいねえ。
5席ほど離れたところに阿木燿子さんがお座りだったが、小顔の美しい方だ。
永ちゃんファンは真冬でもタンクトップ(ランニング)姿に大きなバスタオルのヤンチャ者といった感じだが、竜童ファンはオシャレなチョイ悪オヤジといったところか!(両方のライブに行きますよ)

帰りにライブ会場近くのバーに寄って、ビールでのどを潤した後に、
8ppmの夜8時の食前酒、アードベッグ・ブラスダをいただく。
アードベッグ=ピーティという固定観念を脇に置いても、「さらりとし過ぎ」という感想。
続けてブラック・ボトル、ニッカ・グレーン(宮城峡蒸溜所限定品)と、脈拍のない呑み方(笑)になってしまった、竜童に酔いしれた夜だった!  

2008年10月30日

世界の名酒事典。




昨年の秋に出版された世界の名酒事典2008-09年版
バー、レストランなどの飲食店、インポーター、販売店などの酒のプロフェッショナルの方々は、必ずお持ちだろう。
私のような素人が見ても楽しくて、ついつい時間が過ぎてしまう。

<2008-09版>とあるように、2008年からは隔年出版だそうだ。
(2006年版のあとに「2007年版」が出なかったので、実質は2006年から隔年出版)

本の帯に書かれたコピーには、
いま買える酒1万1190点を収録。
今年も1671本のお酒が新登場!
ワイン 8800、ウイスキー 550、ブランデー 540、スピリッツ 290、本格焼酎 370、リキュール 600、ビール 370、中国酒 170。

<世界の>と銘打っているが、日本酒は日本の名酒事典(なぜか本格焼酎は両方に収録されている・・・日本酒と焼酎を置く飲食店が多いという店の事情を考えてだろう)と別立てである。

<2010-11年版>の準備に入っているだろう出版社に、みっつのお願い

1.<ワイン>と<ウイスキーその他>を分冊にして、値段を下げて欲しい。
 ウイスキー、ビール派で、ときどき日本酒、焼酎の私には、半分以上のページ数を占めるワインは猫に小判なのだ。

2.年鑑として意味がある本なので、本数限定や期間限定などのプレミアム・ボトルも載せて欲しい。
 ラガヴーリンのOBが「16年」1本だけでは寂しい(網羅していると言えないし)!

3.附属の検索CDをWindows(なぜかビスタには非対応)だけでなく、Macにも対応して欲しい。

講談社さん、よろしく!  

Posted by 麦溜 at 22:00Comments(0)TrackBack(0)

2008年10月20日

十年目のマイウィスキー贈呈式の招待状。



12月に行われる十年目のマイウィスキー贈呈式の招待状が届いた。
いまから楽しみに、心待ちしている。

当初、ニッカでは50名程度の出席を予想していたが、参加予定者は180名を超えたとか。
事務局は小樽~余市間の列車(1〜2両編成)に全員が乗りきれるか、どうかが心配事だそうだ。  

Posted by 麦溜 at 22:00Comments(0)TrackBack(0)NIKKA

2008年09月17日

PINK FLOYD

20世紀最高のプログレッシブ・ロック・バンドであるピンク・フロイド。
1967年、ビートルズがアルバムを制作していた隣りのスタジオで、彼らのファースト・アルバムがレコーディングされたというから、歴史の長いバンドだ。

ピンク・フロイドを初めて聞いたのは、彼らがサウンド・トラックを担当した映画「モア」だった。
映画の内容は忘れてしまったが、音楽だけは鮮烈な記憶として残った。

スタンリー・キューブリックは、映画「2001年宇宙の旅」の音楽をピンク・フロイドに依頼したが、頓挫して実現しなかった。
因みにキューブリックは、手塚治虫に美術監督を依頼したが断わられ、のちに「2001年宇宙の旅」を見た手塚は、引き受けなかったことを後悔したと言う。




1973年の「狂気(THE DARK SIDE OF THE MOON)」は、全米チャートに741週(14年以上!)チャートインし、全世界で4,000万枚以上を売り上げるなど、数々の記録を打ち立てた伝説のアルバム。

そのピンク・フロイドの創設メンバーのひとり、 Richard Wright (kb) が亡くなった。
65歳だった。




今晩はライブDVD「P・U・L・S・E」を観ながら、リックを偲んで、彼の冥福を祈りたいと思う。   

Posted by 麦溜 at 21:00Comments(4)TrackBack(0)趣味など

2008年08月15日

ROYAL GORDON WHISKY

2008年復刻版には、「ROYAL GORDON WHISKY」 と題したアルフレッド・バーナードの著作が収録されている。
49枚の挿絵と写真、50ページを費やした記事である。



ローヤルゴードンは、聞き覚えのないウイスキーだ。
副題に、
A VISIT TO THE SCOTCH WHISKY STORES OF Messrs. PATTISON, ELDER & Co., AND GLENFARCLAS DISTILLERY, GLENLIVET.
とある。

PATTISON, ELDER & CO., をネットで検索すると、あのパティソンズ社に行き着いた。

1898年  リースのパティソンズ社が倒産。ウイスキー業界に不況の嵐が。
のパティソンズ社だ。

(以下、スコ文研「ウイスキーコニサー資格認定試験教本」から引用)
20世紀が近づくにつれて、製造競争の激化と生産設備への過剰投資が未曾有の不況を招くことになる。一転業界は停滞を余儀なくされ、1890年頃まで盛んだった蒸溜所の建設はまったく行われなくなり、その後新しい蒸溜所が建設されたのは第二次大戦後のことだった。1898年に大手ブレンド会社のパティソンズ社が倒産したことは、その象徴とも言われている。
多くの企業がそのあおりを受ける中、企業の吸収合併が繰り返され、スコッチ業界は企業のグループ化が強まった。1877年にローランドのグレーンウイスキー会社6社が手を結んでDCL(ディスティラリーズ・カンパニー・リミテッド)が創られたが、同社は、パティソンズ傘下にあった中小の蒸溜所やブレンド会社を取り込むことで巨大化し、1927年までにビッグ5(ジョン・ウォーカー&サンズ社、ホワイトホース社、ジョン・デュワー&サンズ社、ジェームス・ブキャナン社、ジョン・ヘイグ社)すべてを買収することに成功、最大の勢力へと成長した。


DCL設立~パティソンズ社倒産~業界再編の大きな流れが、100年後のディアジオまで続いているのである。






ところでバーナードの著作中に、なぜ唐突にグラント家経営のグレンファークラスが出てくるのか?
調べると、こんなHPに行き当たった。

1895年、パティソンズ社、グレンファークラスへ出資(グラント家と共同経営)。
1898年、パティソンズ社、倒産。
グラント家が、full control of the Glenfarclas Distillery again
という歴史らしい。

以上から、冒頭のバーナードのグレンファークラスについての著作は、パティソンズ社支配下の3年間(1895-1898年)に書かれたものであることが分かる。

同HPによると、パティソン兄弟は宣伝広告に大変熱心で、「Buy Pattisons ! 」と教え込んだ500羽のオウムを各地の酒店に置いたり、年間6万ポンド(およそ24億円。売上額不明)の広告費を使ったそうだ。
またパティソン兄弟は非合法ビジネスに手を染めて、最後は留置所に・・・。

日本の80年代のバブルやITバブルの出来事は、100余年前にスコッチウイスキー・バブルでも起っていたのである。
諸行無常!  

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2008年08月14日

JOHN WALKER & SONS




Alfred Barnard (1837-1918)

2008年復刻版に収録されたアルフレッド・バーナード著 「JOHN WALKER & SONS, LIMITED」。
ご存知のようにJOHN WALKER & SONS(JW&S)社は、1909年に発売されてベストセラーになったブレンデッドウイスキー「ジョニーウォーカー」の会社である。

記事は、35枚の挿絵と写真を使い、54ページを費やして、JW&S社の
・KILMARNOCK (JW&S社創業の地で、貯蔵、調合、瓶詰工場)
・CARDOW DISTILLERY
・ANNANDALE DISTILLERY
・LONDON OFFICES (本社)
を紹介している。
挿絵や写真を見ているだけでも楽しく、興味が尽きない。




JW&S社が、1893年に第1蒸溜所として入手したスペイサイドの CARDOWCARDHU と綴ったほうが通りがいいだろう。
カードゥは、いまでもジョニーウォーカーのキーモルトである。




アナンデールは、JW&S社が第2蒸溜所として1896年に買収した(イングランドとの境に近い)ローランドの蒸溜所だったが、20世紀を迎えて未曾有のウイスキー不況から、1919年に蒸溜を停止して、1921年に閉鎖された。

さて、そのアナンデール蒸溜所で、90年ぶりに再開計画が進んでいるそうだ。
90年とはずいぶんと気の長い話だけれど、ウイスキー屋には(「十年一昔」でななく)「百年一昔」といったところか。  

Posted by 麦溜 at 09:00Comments(0)TrackBack(0)Whisk(e)yの逸話